トランプ再登場と“相互関税”に、中小企業の経営財務はどう備えるべきか?──ゲーム理論と「第三国の機会」から考える戦略的視点

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2025年1月、ドナルド・トランプ氏が再びアメリカ大統領に就任し、さっそく実行に移した政策の一つが「相互関税(Reciprocal Tariffs)」でした。これは「相手国がアメリカ製品に課している関税と同等の関税を、アメリカも相手国に課す」という考え方で、表面的には“対等”を謳うものの、実際には極めて攻撃的かつ構造的な通商政策です。

この相互関税政策は、米国とその対象国との間に新たな貿易摩擦を生み出すだけでなく、より大きな視点で見ると、世界のサプライチェーン再編や勢力図の変化を加速させています。しかも、その影響は決して大企業や多国籍企業に限った話ではなく、日本の中小企業にとっても無関係ではありません。


相互関税とは何か?

相互関税とは、端的に言えば「フェアでない関税には、対称的な関税で報復する」というルールです。たとえば、ある国がアメリカ製品に30%の関税を課している場合、アメリカもその国の製品に30%の関税を課す、というものです。

一見すると“公平”を目指すようにも見えますが、この政策はWTO(世界貿易機関)の基本原則を逸脱しています。多国間主義に基づく自由貿易体制は、各国が個別の事情に応じて関税を設定しつつ、協調的に調整することで成り立ってきました。相互関税はこれを無視し、「アメリカにとって不利ならルールを変える」という、一方的な力の論理に基づいています。


トランプの交渉観:ゲームのルールを変えるという戦略

トランプ氏は、従来の「協調とルール順守」の国際秩序に対して懐疑的です。むしろ、相手を揺さぶり、秩序そのものを書き換えてしまうことで交渉上の優位を得ようとするアプローチをとります。

この姿勢は、単に米国第一主義の表れというだけではなく、「ゲームのルールを自ら設計し直そうとする者」の交渉観とも言えます。

実際、前政権時代にはNAFTAを破棄し、USMCAへと再構築した例にも見られるように、既存の枠組みをいったん壊し、再交渉の場を自国に有利な形で設ける手法を得意としてきました。相互関税も、まさにその延長線上にあると捉えるべきです。


相互関税をゲーム理論で読み解く

この通商政策を「ゲーム理論」で見ると、その構造が非常にクリアに浮かび上がります。以下、主要な3つの視点から整理してみます。

1. 囚人のジレンマ:協調が最善だが、裏切りの誘惑が強い

国際貿易では、互いに関税を下げて協調すれば、全体の効率は最大化されます。しかし各国は、「相手が関税を下げるなら、こちらは据え置くか引き上げて得をしよう」と考えがちです。こうして協調が崩れ、全体として損をする「非協調均衡」に陥ってしまいます。

相互関税は、こうした裏切りに対して報復することで、“協調を維持するインセンティブ”を強制的に高める戦略でもあるのです。

2. チキンゲーム:どちらが先に折れるか

トランプ政権の外交スタイルは、相手国に「アメリカは本気でやるぞ」というメッセージを送り、先に折れさせるという形のチキンレース(チキンゲーム)に似ています。あえて非合理な行動をとることで、交渉力を高める「合理的な非合理性」の典型です。

3. 繰り返しゲーム:信頼を壊し、力で再構築する

国際関係は長期にわたる繰り返しゲームですが、トランプ氏は信頼の蓄積よりも、「力で一度ルールを壊してから、自分たちに有利な形で再構築する」ことに重きを置いています。この視点では、国際秩序そのものが“戦略資産”として扱われていると言えるでしょう。


第三国が「漁夫の利」を得る構造とは?

ここで一歩踏み込みます。

相互関税は、表向きは米国と対象国(例:中国、日本、EUなど)との二者間のゲームです。しかし、現実にはそこに観客としての第三国が存在します。そしてその第三国は、「疲弊する両者の間から利益を拾う」という、いわば多国間ゲームにおける“漁夫の利”を得る可能性があります。

具体的に起こりうる現象:

  • アメリカが中国製品に高関税を課す → 米企業は調達先をベトナム・インド・メキシコに変更
  • 中国がアメリカ市場を失う → 中国企業は輸出先を他国(日本、ASEAN、アフリカ)に転換
  • 競争が過熱する地域で価格下落 → 日本企業は仕入れコスト減の恩恵を受ける場合もある

つまり、相互関税の影響は“直接の当事者”だけでなく、“非当事者の戦略”にも大きな機会とリスクをもたらす構造なのです。


日本の中小企業にとっての戦略的な備えとは?

このような構造の変化を前提にしたとき、私たち中小企業に求められるのは、「巻き込まれない」ことではなく、“構造の変化にどう位置づけるか”という主体的な視点です。以下に、具体的な備えのポイントを整理します。

1. 第三国との接点を持つ:情報収集と関係構築

相互関税の影響を受けにくい第三国(ベトナム、インド、インドネシア、メキシコなど)との貿易が拡大する可能性があります。今のうちから情報収集を行い、信頼できるパートナーや商社と連携して、調達・販売のルートを多様化しておくことが有効です。

2. 「どこの代替になれるか」を考える:ポジショニングの再定義

自社が「誰の穴を埋められるか」を常に意識しておくことは、危機時の戦略に直結します。たとえば、米国市場から中国製品が排除された場合、自社製品やサービスがその代替になれるのか。もしくは、米企業の調達先として自社が浮上できるのか。相対的な立ち位置の再定義が重要です。

3. 関税・FTAの知識を実務に落とす

関税の変化に対抗するには、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)などの知識を実務に組み込むことが欠かせません。たとえば、日本はTPPに加盟しており、アジア諸国との関税が優遇されている品目も多く存在します。調達ルートや販売国の設計において、この「制度のアービトラージ」を活用する余地があります。

4. 為替・物流コストへの耐性を高める

関税の影響は、為替の変動や物流コストの変化を通じて財務数値に跳ね返ります。したがって、財務体質を「耐性のある設計」にしておくことが、長期的には経営の安定を支えることになります。為替感応度の分析、物流費の比率、手元キャッシュの確保など、財務面の地力を高めておくべきです。


終わりに:プレイヤーとしての中小企業へ

通商政策は大企業だけの問題のように思えますが、実際にはその影響は中小企業の原材料価格、仕入れルート、競争環境、そしてキャッシュフローにまで及びます。

そして何より重要なのは、こうした地殻変動を「情報」として眺めるのではなく、「構造として理解し、戦略に落とし込むこと」です。

相互関税は、単なる貿易戦争ではなく、世界経済のゲームルールが再設計されるプロセスです。中小企業こそ、その変化に柔軟に対応し、時にはその隙間を突くような動きが可能な存在です。経営者、財務責任者として、今こそ“ゲームのプレイヤー”としての視座が求められていると感じます。

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